COLUMNコラム
-2026.07.07ふと
ふと したキッカケで
人生は大きく変わる
この ふと
という出来事は
いつ
どんな時に
どんなことが
訪れるかそれは誰にもわからない
ただ人生の中で
ふとした出来事というものは
生きてきた中の
経験値
ご先祖様ご遠祖様からの
血脈
そして
人智を超えた
摂理
から
この
ふとした時というのは
大きな
大きな
メッセージとなる
今日もどんな素敵な
ふと
が待っているのか
楽しみに
ふと
と出会いたいと思う
本日は小暑
夏の本番を迎える時となってきました
昨今の夏は
身体に危険すら与える気候となり
自然の厳しさを改めて感じることとなりました
自然のメッセージは
何を伝えてくださっているのか
また人間だからこそできることを
考えていきたいものですね
皆さま お身体にはくれぐれも
お気をつけてください
Innovation Design Co,.Ltd.
Taro Ishizeki
COLUMNその他のコラム
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ありがとう -COLUMN-2026.07.23

ありがとうが言える幸せ 心が独りであれば出てこない 魔法の言葉ありがとう 何が魔法か それは ありがとうは伝染してゆく ありがとうがまた新たなありがとうを生み出しそのありがとうがもっと深いありがとうを生み出す このありがとうは欲や執着 損得を大波の如く飲み込みあたたかな虹へと変えてしまう力がある だからありがとうを言い続ける だからこそありがとうの花で満たしてゆく 当たり前では無い 有るのが難しい ありがとう ありがとうと言える幸せにありがとう 本日は大暑 一日に何度「暑い」と口にしてしまうか 冬においては 一日に何度「寒い」と口にしてしまうか その感じられる心があることは 当たり前では無いこと この暑さを 少し違った角度から見つめることで 体感は変わってくるかも知れません Innovation Design Co,.Ltd.Taro Ishizeki
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糺す -COLUMN-2026.06.21

「今の環境が苦しい」 これはどの時代でもあったこと どの時代にも そしてどの時代でも起こるのが「変革」 現状の苦しさを変える為に変革は必ず起きる それも人智を超えた奇跡が重なる変革 そこからまた新たな苦しみが生まれ変革が起きる 善悪は時なり是非は人なり どちらにどこにどう動いたとしても偏りが起き 摂理が糺す 必ず糺す 今起きている苦しいことや哀しいことは 実はそれは変革の兆しで 陰極まれば陽に転じ陽極まれば陰に転ず その極まる瞬間というだけだ ただ人間はどうしてもその瞬間の苦しさや哀しさだけを見てしまいその後の転ずるという世界のことは想像をしないできない ここが本当の意味での想像力だというのに その想像力が湧き上がることは胆力と直結する 覚悟が変わる 変革常に変革されてきたことは見過ごし点だけを見てしまう 人間の弱さ この弱さを強さに変えることは想像力を養い歴史をしっかりと観ることにある それは摂理を自然を感じることだということ 正しき糾された 道となる 先達の方達が教えてくださっている自然は常に発信してくださっているあとは自分が 自己が 気付くか 否か 本日は夏至 まさに極まり転ずる時 自分の中で 少しでも 小さくてもいい 意識的に何かを変えてみる心意気 変革者への挑戦を してみたいですね Innovation Design Co,.Ltd.Taro Ishizeki
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眼鏡 -COLUMN-2026.06.06

世の中の大半の人達が眼鏡をかけている 目が悪いからという意味での眼鏡では無い ものを見て自分で判断する色眼鏡だ その眼鏡はそのものを正しく捉えることに実は乏しく 自分の思いが入り込むという色を勝手に纏っている この眼鏡の色はその人次第なのでどうしようも無い その色を変えること その色を透徹に澄明にすることは自らできる もし曇り出さばまた自分で拭き取る努力をすれば良い そのものを正しく見ることができる眼鏡にするのは己次第 透徹に澄明に そして拭き取る行為は 忘れずにいたいですね 本日は芒種 田植えの季節の到来を告げる初夏の節気です 日本の暦ではこのあと梅雨が深まります 蒸し暑くジメジメとした季節となりますが その中で育ちゆく生命の鼓動を感じとるだけの 心を持ち合わせたいものです Innovation Design Co,.Ltd.Taro Ishizeki
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畢竟 -COLUMN-2026.05.21

自分の力で生きている自分の能力で生きている自分の意志で生きている と思うことはとても稚拙で傲慢な考えであることに気付く そもそも自分の身体は母から産まれ母の一部であり 父の一部その母は そのまた母の一部であり 父も同様である これを繰り返すことで自分なんて実は何も無い唯物的なものは全て自分では無い 精神 心は自分なのかそれも宇宙の一部であり隣にいる人と 畢竟 一緒になる だからどれだけ 拘っても争おうとも 自分などは無い 無いが 授かり預かった 心と身体を今使い 自を整え他人を念う ここに何時 辿り着くか 本日は小満 万物盈満(ばんぶつえいまん)すれば草木枝葉繁るとされ 春に芽吹いた植物が成長し 天地に生命力が満ちていく様子を表しています この生命が満ちていく時候を感じながら 常に己が心が満たされていることも しっかりと感じてゆく Innovation Design Co,.Ltd.Taro Ishizeki
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師 -COLUMN-2026.05.05

あれから丁度一年が経つ丁度昨年の立夏の候 白い 大きな願船に 彼の方は仁王立ちし 世界の人々を救いに 大きな畝り荒波に真正面から立ち向かい 沢山の人々を救い出す 夢にまで見た 逢いたかった夢の中で見た彼の方 あれから丁度一年もう逢うことは無いと思っていた もう声を聴くことは無いと思っていた 彼の方の眩い光を感じることは無いと思っていた そんな彼の方と 逢えた 人生において 尤も難しいとされる 生涯において 人は どのような「師」と巡り会うことができるのか 彼の方は 自然と同化しているだけの光の美しさを纏い 一切衆生 生きとし生けるもの全てを ひたすらに正しき道 そして平和へと導いてくださる 満身創痍の中 動きの一つひとつに光の風を生み 言葉の一つひとつに光の音が舞い その全ては燦然たる光を放ち続ける 自然の機微 生即ち死 死即ち生 古の方への敬虔 世界平和への透徹な決意 そして 母を念う心 最後に自ら立ち上がられたお姿は 全世界の人達へ向け あなたも「立ち上がれ」 と 常に身をもって 心で教えてくださる 私達で越えなければならない未来を 示してくれた 師 師の念いをしっかりと受け止め 毎日を大切にしていきます

